ブートキャンプのその後。2017年の出生数。

2017年も残す所あと2日。

以前、新生児の育児についての感覚を記事に書いたところ、

結構な皆さんから「大丈夫!?」というご心配をいただいてしまった。

ご心配をお掛けしたまま年は越せないと思い、

今年のうちに最新状況にアップデートしておこう。


大丈夫です。


ご心配かけてすいません。。。


苦しみや痛みは、過ぎ去るとすぐ忘れるのが人間の素晴らしいところのようで、

むしろ、すでに色々な初期の苦労を忘れつつあることに驚愕している次第。


ということで、ブートキャンプのその後を少し。


***


出生から3ヶ月。

新生児時期から比較して、かなり余裕が出てきた。


心身ともに楽になったのは主に以下の点から。


①出産時の身体ダメージはほぼ回復。

  多少すぐ疲れたり、腱鞘炎や肩こり腰痛などが最近主張してくるが、

  出産当初の痛みと比べたら

  横綱対わんぱく相撲のちびっこ達のようなもんで、

  可愛いもんである。


②首がすわってきて、扱う時の「生命の危機」的な不安・恐怖感が低減した。

  見てないと死んじゃう、ちょっと間違ったら死んじゃう、、、

  という、RIEDELの薄いワイングラスを洗う時の、100倍くらい気を使う

  神経すり減る感じがだいぶ減ってきて、

  引っかき傷など「ああ、3日で治るわ」と思うある種の雑さが出てきた。


③赤ちゃんの反応で要求が理解できるようになってきた。

  要求がわかるだけでなく、あやすと笑う、お風呂に入れたり

  オムツを替えると気持ちいい顔をする、外の刺激にキョロキョロする、、など

  やっと自己表現や「人間らしさ」がでてきたので

  お世話が報われている気がするシーンが増えた。

  「ありがとう」と言われるにはだいぶ遠そうだけど、

  嬉しい・可愛い>苦しい、というバランスに。


④授乳時間が空いてきたので睡眠・自分の時間が増えてきた。

  2時間ごとの人生から4時間ごとの人生へ。。。。

  1時間増えると、こんなにできること増えますか、、、、という感じで。

  このブログもその空いた時間の賜物であります。


⑤外に出れるようになったので、社会的な生活が回復してきた。

  個人的にはこれは結構大きい。

  人間は共感の生き物なのだと思う。

  近い月齢、近い住居、から徐々に合う人を広げていって、

  だいぶ広範囲に出歩けるようになってきた。

  世の中に「ママ友」なる言葉があるのがよくわかる。

  ウンチとかゲップとかツマラナイ話に共感してくれる希少価値の高い友達のことだ。


引き続き、一難去ってまた一難でアクセクしているものの、

ゼェゼェしながらパンプアップしまくるブートキャンプから、

持久力が問われるマラソンに変化した様相だ。


***


そんなこんなで、


2017年は

「妊娠だー、出産だー、子育てだー、ワー」

と騒いで追われている間に


あっ!という間に過ぎ去ってしまった。


「なんだかあまり生産的な活動していない気がする、、、」

と呟いてみたが、


冷静に考えれば、人間を一人造っているのから

超生産的、、、というか


超「創造的」な1年だったに違いない。


***


ところで、わたしが今年の後半、

とても楽しみにしていた指標がある。


それは、「年間出生数」


少子高齢化の現在、

合計特殊出生率(※)は1.44と最悪期(2005年の1.26)から若干回復したものの、

(※1人の女性がその年齢別出生率で一生の間に生むとしたときの子ども数に相当)


生まれた赤ちゃんの絶対数である出生数は、

母親たる人口の母数そのものが減っていることもあり、

当然に減少傾向にある数値だ。


昨年、当該指標は節目の100万人を切ったことがニュースになった。


なぜ楽しみにしていたのかというと、

自分が妊婦になって以降、

「あれ、周りに妊婦多くない?」

と思う瞬間が多く、


そして子供が生まれてからは、

「いやー、世の中に赤ちゃんて沢山いるんですね。」

と思うくらい周りの友人や街のベビーカーが目につく1年だったからだ。


で、

結果の年間出生数は、、、



残念ながら94万人。


(厚生労働省発表)


100万人を割った昨年の97万人より少ない

過去最低となった。


しーん。。。。


薄々、自分の期待先行だとは思っていたものの、

そして相対的には東京の出生率が高いというのはあるものの、

きちんと数値で見ないと自分の感覚って当てにならないもんですね、

と実感した悲しい瞬間であった。。。


では、なぜ自分が「妊婦や赤ちゃんが多い」と

感じるのかというのは、恐らく


①自分がそうなって、今まで目に入らなかったものが入るというバイアス。

②自分の住んでいるエリアや選んで行っている場所に赤ちゃんが多いという偏り。


あたりなのだろうと思う。


東京は懐が深いので、

色々な種類の「場所」があると思う。


学生ばっかりいるところ、

サラリーマンばっかりいるところ、

家族連ればっかりいるところ。。。


その世界に入っていると、それ以外の種類の人がいると気づかない。

そして、それ以外の人に気が回らない。


今まで会社人生ではおっさん度120%の環境にいたので、

赤ちゃんがあまり目に付かなかっただけなんだろうと思う。


逆に、子供が生まれてからは、

駅のエレベーターがどこにあるか、とか

授乳室やオムツ台があるか、とか

全く今まで無かった視点で生きているので

必然的にインフラの整っている場所に行くし、

そういう場所には赤ちゃんも多い。


そして、

「うわー、杖のおじいさんとかベビーカーのお母さんが後ろで待ってるのに

普通の人がエレベーター乗っちゃうんだ、、、、」

とか

「へぇ、バスで泣いてる赤ちゃんに嫌な顔する人とかいるんだ、、、」

とか

今まで気に留めなかったことに気付いたりする。


ダイバーシティの大事さってこういうところにもあるんだろうなと思う。


わたしは、経験でしか学べていない愚者なのだが、

「色々な種類の人」と触れ合うことで気付いていくこともあるとすれば、

交わる接点を増やしていくべきだと思う。


アメリカが全て良いとは全く思わないが、

少なくとも子供連れに関しては、

二つ返事で大学の入学を遅らせてくれたり、学内に保育所があったり、

若い頃からバイトでベビーシッターをしたり、

街を歩けば声をかけてくれたり、ドアを開けてくれたり、

とにかく「社会で育てる」というWelcomingな環境があるように感じる。


東京のように物理的環境も精神的テリトリーも分断されていると、

産み育てるのが窮屈で、テリトリーを出るのが大変すぎて、

出生数も減るばかりだ。。。


そして出生数は減っても待機児童は沢山だし。

(きっと、待機児童は、「ママテリトリー」から会社復帰を機に

 「サラリーマンテリトリー」侵食しているパパ・ママ達により生じている

 過渡期の歪みであり、挑戦の結果なのだろう。。。)


ということで、2018年も出生数の結果を楽しみにしたい。

戌年だから子沢山を期待。


***


2017年無事に過ごせたことに感謝。

来年はチャレンジの年です。


みなさま、良いお年をお迎え下さい。



向山 淳

Jun Mukoyama's Website ムコウヤマジュンのサイト

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