アメリカの政治制度。

今週面白かった授業の一つは、

「アメリカの政治制度」。


Summer Programは

9月の授業が始まる前の準備期間との位置付けなので、

必修で毎日3時間ある数学・経済学以外にも、

Digital Government、Mindful Community Building、Alumni Showcaseなど

Mid-Career生が今後成功するために、色々な分野で準備を促す授業がある。


その中の、David King教授の”American Political Institutions”は

アメリカのことをよく知らない外国人生徒に向け(アメリカ人にとっては復習として)

アメリカの政治制度を説明するものだ。


古代ギリシャの哲学者プラトンの「国家」から始まった

3時間のユーモアに溢るる講義の中で、

教授のメッセージの一つは、


「アメリカの政治制度は

 その特有の国の成り立ちと歴史に形作られており、

 アメリカの統治機構は極めて特殊かつ色々課題があるので

 その前提を理解しない限り、

 米国の事例が全ての国の参考になるとは限らない。」

 

ということだったように思う。


自分も含めて海外から来た生徒たちは

勿論アメリカがPerfectな国では無いと知りつつも、

その人を惹きつけてやまないこの国の

Best Practiceからヒントを得たいと思って来ている部分があるわけで、

その意味では、なかなか面白い視点を頂いた。


***


上記の文脈として面白いと思った点は:


1) ピューリタンと呼ばれる清教徒が新天地を求めてイギリスからやって来たことからその歴史が始まるアメリカは、その名の通り、“United States”であって、ドイツ、スコットランド、クェーカー教徒などの人々が作った独自の統治機構を持った州の集合体が基本形。自己で統治したくてイギリスから独立したのであり、「中央政府などいらない!」という考え方は、制度設計のみならず今でも人々の意識の根本にある。


2) 中央集権型の政府を嫌うメンタリティゆえに、中央政府による課税額のGDP比は先進国の中では低く、その分、Non-profitが担っている社会機能は大きい。また、アメリカでは、連邦レベルから地方の特別区まで、53万3200人が「選挙」によって選ばれている。


3) 当初はCounty(群)が統治主体であったが、1919年頃にState(州)が主体に変化し、現在はFederal(連邦)レベルで持つ権限も大きくなった。しかし、憲法の10th Amendmentは軍事や外交など明示的に連邦に権限があると憲法に記載がない事項については、全て州に権限があることを定めている。例えば、人の生死の情報含め投票名簿を管理しているのは群であるし、当然ながら最もアクティブな規制・収入課税・立法主体は州である。


4) 連邦レベルでいわゆる三権分立を担う立法府、行政府、司法府の仕組みは、当初政党政治を想定していなかった中で牽制機能を制度化した。従って、現在のように行政府の長と立法府の多数派党が同一の党によって支配される場合に、牽制機能が発揮されていないという状況が生じ得る。また、当初限定的とした連邦レベルの権限は憲法の拡大解釈(Article IのSection 8の所謂Elastic Clauseや、Article IIの”Take Care”条項によるExecutive Orderの発行など。)で当初想定よりも力を持つこととなった。


根本的に、「政府なんて信用しない!いらない!」というアメリカと、

何事も「お上が!!!」として頼る日本の精神的な立ち位置が随分違うなぁ、

と改めて実感した次第。

日本における道州制や地方分権を議論するときも、その視点は重要だと思う。


アメリカ政治制度の闇、というか歪みについては、

アメリカの民主主義の必要機能として第四の柱とされてきたメディアの質の問題

資金と利権団体の問題

政党政治と最高裁裁判官の任命問題など、

この辺は海外からでも報道ベースで感じる部分だ。


個人的には、本題とは関係ないところで、

下院では議員一人当たり18人(FTE)相当の人件費(加えて、委員会に関しては委員会専用スタッフ)が、上院では36人相当の人件費が付くというのはというのは目から鱗だった。

日本では立法府と行政府の役割の線引きがとても曖昧だが、「立法府として法律を書く」ために必要なスタッフがきちんといるのは、そりゃ考えたら当たり前といえば当たり前だが、単純に素晴らしいことだと思った。


向山 淳

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